彼は誰

1/12/2022 

結局世界は、自分の見たいものが見れるようになっていて、感情もそこに読み取るものもすべて、自分の思い通りの出来事が起こっているだけだと思う。 だから目の前の相手がほんとうは実体を帯びた虚像なのかもしれないし、真実というまぼろしなのかもしれない。 いつだって箱の中に入っているものは何かを、自分自身が知っている。それはわたしで、あなたでもあるということ。 でもその世界どうしが偶然触れ合っているなら、感動していたいし、よろこんでいたい。 匂いを知覚しながら話をしていること、筆跡をおぼえること、今頃は媒体を通じても音声が鮮明だし、なんとなくお腹がすいたり、タイヤ交換しに行くことだってそう。 すばらしい通信をわたしたちは行っているわけだ。 思い出を永遠にしようとすると死を近づけるけれど、記憶のなかを生きることはできる。タイムラグはあるようでないし、ここへあらゆるものが召喚可能だということを知っている。自覚すればするほど火が燃えて、水が流れる。樹々は樹立しているけれど土の中の同じ養分を吸収している。風にも吹かれている。葉が染まる時期も、蕾が灯る時期もお互いを見ればわかる。 血の繋がりがあったとしても、別々のものに見える。最近出会ったとしても、よく似ている。 言葉の後ろ側にあるものをどのように読み取るかは勝手になされるものだから、めくじらを立てる必要はない。もうすぐ引っ越そうと思っている家が心地いい生活空間になろうと努力している。永遠のものを見せられたとしても、いつかそれは永遠ではなくなる。それがへりを掴み、顔をあげた先に見えるものなんだということは、わかっている。

21/11/2022 卵の殻

わたしは陽だまりが落ちているところに落ちていたいと思っているんです
心地いい家に住みたいですし
あったかい
人になりたいです
動物みたいに
白いワンピース1枚だけ羽織って
断片を断片のまま愛したいと思っているんです

17/11/2022 



変化というものは、とてもやわらかいもので
例えるなら赤ちゃんの皮膚のような
頭蓋骨がまだ閉じていずに ごく薄い膜で世界と繋がっているような状態のことだと感じています。
もっと言うなら、物事のすべては「やわらかい」と思っています。
わたしたちはお互いに引力をもっていて、関係していて、だからこそかたちが保たれ、存在しています。
拡大しては収縮するのです。
その最中にいるとき、わたしたちは本質に触れることができます。
なぜかはわからないけれど、それがほんとうだとわかるのです。
目の前に映る映像が、声が、あなたの感情がどうして素通りできないのか。
どうしてそれが自分のなかから感触をもって伝わってくるのか。
どうしてわたしたちは一瞬で交わすことができて、その瞳の縁のにじみや色まで鮮明に覚えていられるのか。
わたしはこのことがずっと知りたくて、いまを生き続けているように思います。


景色がかわったことに気づいた時、それが果たして望んでいたものだったのか、過去の自分では測れません。
今の自分も、無我夢中だから、わかりません。
だから時々呆然としています。でも怖れることではないのだと、いま自分に話しかけています。
なぜならそれらが交差して、浮かんでは沈み、また次の場所へ行くことを知っているからです。
本当はもう色々と気づいているからです。


わたしは、ごく限定的な瞬間の中でだけ打ち明けてきたものを
このような広い場所で放してみてもいいのではないかと思うようになりました。
宇宙にボールを投げるように。
そうすれば巡り巡って届くということを、どうしてか知っているのです。
だから時々、話していたいことや覚えていたいことをここに書いていこうと思います。


なにかとても大切なことを言った時、突如としてそこに空白が生じ
ただ目の前の相手が瞳を大きく見開いて絶句している
そういう事実だけが残ってはじめて、わたしたちのあいだに大きく揺れた瞬間が有ったことを知ります
質感は今すぐにでも掬い上げることができるのに、記憶の鮮明さは、ことばに頼ることができないのです。
でも
活字の記憶は滑り落ちていくのに、辞書で調べた単語の危うさは頭から離れないこと
誰かの記憶が、やがて自分自身の記憶になっていること
思念は遺伝しうるけれど、必ずしも引き継がなければならないものではないということ
心がさ迷うと、何もかもに意味を見出そうとしてしまうこと それは退屈しのぎなだけなのかなと思うこと
目の前で燃やしてしまうことが一番遺ると思っていても 
ほんとうはだれかの掌の上に届けたい箱があるのだとも思うから、
どちらか一方だけを選ぶことはしないことにしました。



この日記のような場所は「彼は誰」と名乗っています。
「訊きたい」という心をこの言葉にゆだねようと思いました。
今は、この地点にこの言葉があります。


1/11/2022 身体は器であることを感じてほんとうの境界に迫った時わたしたちの体が骨と筋肉でできていることを知る